「発達障害」と診断されて2年後、やっぱり発達障害じゃないかもしれないと言われた。
25歳のある日、心療内科で知能検査WAIS-IIIを受け、処理速度の数値が低いという理由から、私は「発達障害」の診断を受けました。
もちろんショックでした。
しかしそれ以上に、安堵しました。
私は発達障害。
私はどこかおかしい。
地に足のつかない25年を送ってきた自分にとって、自分が何者かわかったというのは、それが例え八方塞がりの将来であったとしても、紛れもない前進だと感じたからです。
それから2年、私は通院をつづけました。
抑うつ、双極性障害、、、二転三転する診断名と、増量と変更を繰り返す抗うつ薬、睡眠導入剤。
一向に好転しない治療の末、先生は、こう言いました。
「私はあなたに発達障害の診断をしました。しかし知能検査であなたの引っかかった項目は『処理速度』でした」
「他の項目に問題がないことを考えると、あなたは抑うつ状態により一時的に処理速度が低下していた可能性がある」
「あなたは、発達障害ではないかもしれません」
幼い頃から、自分が何者なのか、考え続けてきました。
ようやく得た絶望的な答えを、それでも受け入れようと、必死に2年間耐えました。
私の足元が、また宙に浮きました。
一瞬でいい。
高いところに浮き上がった時、一気に重力がかかって、落下してしまえばいい。
落下死は意識を失って楽に死ねるって言うじゃないか。
散らばった内臓は他人に迷惑を掛けるかもしれない。
でも、だけど、もうこんなみじめな人生はいやだ。
死にたくない。
生きたくない。
今の私の夢は、両親が死んでお葬式をした一週間後に、首をくくって人生を終わらせることです。